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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)3383号 判決 1971年3月06日

昭和四三年(ワ)第三三八三号

昭和四四年(ワ)第六五六四号

両事件

原告 沢田慶輔

右訴訟代理人弁護士 前田弘

昭和四三年(ワ)第三三八三号

事件

被告 新井正

<ほか一名>

昭和四四年(ワ)第六五六四号

事件

被告 日東製瓦株式会社

右代表者代表取締役 日坂三五郎

右三名訴訟代理人弁護士 浅見東司

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

「被告らは原告に対し、各自金二〇〇万円およびこれに対する、被告新井正同岡田哲夫は昭和四三年四月二八日から、被告日東製瓦株式会社は昭和四四年六月二八日から、各完済まで年五分の割合の金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。」

との判決ならびに仮執行宣言。

二  被告ら

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求の原因

(一)  被告新井正は、昭和四〇年四月三日当時、東京都練馬区羽沢町二丁目一二番地上に住宅の新築工事(以下本件新築工事という。)中であり、また、同番地上に木造亜鉛鋼板葺平家建物置床面積三・三平方メートル(以下本件物置という。)を所有しかつ使用占有していた。

被告日東製瓦株式会社は、被告新井正から、本件新築工事のうち屋根瓦葺工事を請負い、右の当時、従業員の被告岡田哲夫をして右工事に従事させていた。

(二)  原告は、本件新築工事の行なわれている敷地の隣家である、右同番地上の木造平家建居宅一棟床面積一〇〇・六五平方メートル(以下本件焼失建物という。)を所有していたが、右建物は、右同日午後一時三五分ごろ火災に遇い、その内部にあった原告の家財道具一切とともに全焼してしまった(以下この火災を本件火災という。)。

(三)  本件火災は、被告岡田哲夫の重大な過失と被告新井正の本件物置の設置、保存の瑕疵から生じたものである。

(1) 本件火災当時は、晴天で乾燥し北の風が強く、また、本件新築工事は本件物置のすぐ横で行なわれていた。したがって、当時右工事のうちその屋根瓦葺工事に従事していた被告岡田哲夫としては、屋根上で喫煙をせず、万一喫煙したとしてもその吸いがらを消してから捨てるなど煙草の吸いがらを原因とする火災の発生を防止すべき注意義務があるのに、右義務を著しく怠り、屋根上で作業中漫然とくわえ煙草をし、さらにその吸いがらを消さないで投げ捨てた点に重大な過失があった。

(2) 本件物置および本件新築工事の行なわれていた敷地の周辺は、人家の密集した住宅街で、本件物置と本件焼失建物との間隔は僅かに一・三ないし一・六メートルしかなく、その間には何らの防火施設もないうえ本件物置の北側から〇・五メートルのところに高さ二・四メートルの万年塀があるため、本件物置が火災になったときはその火焔は右塀に沿って東隣の本件焼失建物に向い、当然これに延焼すべき状況になっていた。しかも、本件物置は、被告新井正の屋敷内の北東角の、同被告の仮住居からは本件新築工事中の建物をはさみ最も遠い位置にあり、出火しても家人に発見され難い状況にあった。しかるに、被告新井正は、本件物置を本件新築工事中一時的に使用するだけの粗悪な引火し易い建物に造り、しかも、前記万年塀に面し本件物置の北西側に接して燃えやすい古雨除けシートをかけた木炭一俵(以下本件炭俵という。)を、また、本件物置の中には石油を、それぞれ置いていた。以上のとおり、本件物置の設置および保存について瑕疵があった。

(3) そして、前記(1)のとおり被告岡田哲夫の投げ捨てた煙草の吸いがらの火が本件炭俵から本件物置に順次に燃え広がり、本件焼失建物に延焼して本件火災となったものである。

(四)  仮に右の理由によっては被告新井正に責任がないとしても、前記(三)のとおりの状況の下では、被告新井正としては、本件火災の発生を防止するため、被告岡田哲夫の喫煙に注意を与え、その吸いがらの処理に気を配り、本件炭俵を放置しないでおくべき注意義務があるのに、右義務を著しく怠り、なんら喫煙に対する注意や吸いがらの処理に対する配慮をせず、本件炭俵をそのまま放置した点に、被告新井正の重大な過失がある。そして本件火災は、右の被告新井正の重大過失と前記(三)(1)記載の被告岡田哲夫の重大過失とが競合して生じたものである。

(五)  原告が本件火災により喪失した財産の価額は、次のとおりである。

一  本件焼失建物 金二五〇万〇、〇〇〇円

一  家具什器 九〇点 金一〇五万五、〇〇〇円

一  衣類寝具 二三四点 金一三四万七、八〇〇円

一  書籍 一〇七二冊 金二〇一万七、五四三円

一  その他 一五三点 金七七万三、〇〇〇円

合計 金七六九万三、三四三円

一方、原告は火災保険より金二〇〇万円を受領したから、これを控除すると原告の損害は金五六九万三、三四三円となる。

(六) よって原告は、被告新井正に対しては、第一次的には民法第七一七条の土地工作物の所有者ないしは占有者としてかつ同法第七一九条の共同不法行為の規定により被告岡田哲夫と連帯して、仮に本件において同法第七一七条の適用がないとしても同法第七〇九条および失火の責任に関する法律に基づいて、また、被告岡田哲夫に対しては、民法第七〇九条および失火の責任に関する法律に基づいて、また、被告日東製瓦株式会社に対しては、民法第七一五条に基づいて、原告の受けた損害のうち金二〇〇万円の賠償義務の履行を、各自連帯してなすことを求める。

二  請求の原因に対する認否

(一)  請求の原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の事実は、焼毀の程度は否認し、その余は認める。

(三)(1)  同(三)(1)の事実中、本件火災の当時晴天で北の風が吹いていたことは認めるが、その余の点は否認する。

(2)  同(三)(2)の事実中、本件物置が被告新井正方の敷地の北東角にあったこと、本件炭俵にシートがかけてあったこと、本件物置の中に石油かんが置いてあったことは認める。しかし、その余の事実は否認する。本件物置は被告新井正が従前より物置として使用していたもので、特別引火し易い資材で建てたものではなく、ごく普通のものである。また、シートも、本件炭俵を露出したまま置いておくのはかえって危険でもあるため雨除けをかねて本件炭俵をくるんでおいたもので、特別引火し易いものではなく、特に油などを浸み込ませたものでもない。本件物置中の石油かんも、本件火災後もその中の石油が全く燃えずに残っており、本件火災とは無関係である。本件物置は、原告の宅地との境界線から一メートル弱離れて建ててあり、境界線上には高さ約一・五メートルの生垣があり、これから更に約一・六メートル離れて原告の本件焼失建物があったのである。

(3)  同(三)(3)の事実は否認する。

(四)  同(四)の事実は否認する。

(五)  同(五)の事実中、原告の損害額は否認する。

(六)  同(六)の主張は争う。

三  被告日東製瓦株式会社の抗弁

仮に被告日東製瓦株式会社に対する原告の請求が理由があるとしても、原告は本件火災の直後に損害および加害者を知り、その後三年間右被告に何ら損害賠償請求をしなかったから、右期間の経過とともに右賠償請求権は時効消滅した。よって同被告は原告の請求に応じられない。

四  右抗弁に対する認否

原告が本件火災の直後に損害および加害者を知ったとの点は否認する。

第三証拠≪省略≫

理由

一  被告新井正が、昭和四〇年四月三日当時、原告主張のとおり、本件新築工事を続行中であり、原告主張の地上に、本件物置を所有しかつ使用占有していたこと、被告日東製瓦株式会社が、原告主張のとおり屋根瓦葺工事を請負い、かつ、被告岡田哲夫をして右工事に当らせたこと、原告が、その主張のとおりの本件焼失建物を所有していたところ、その主張のころ本件火災に遇い、全焼したか否かはさておき、焼毀された事実は当事者に争いがない。

二  ≪証拠省略≫によれば、被告岡田哲夫は、本件火災の当日午後一時ごろ、本件新築工事中の新築建物の北側の一階の屋根上で、日本瓦の瓦葺工事に従事中、紙巻煙草を吸い、その吸いがらを火のついたまま投げ捨てたところ、本件物置の北側の壁の外側の西端にもたせかけてあった本件炭俵のその上にかけてあった古雨除けシート(本件炭俵にシートがかけてあった事実は当事者間に争いがない)の上に落ち、これから火がついて本件物置を全焼し、更に本件焼失建物に延焼して本件火災となったことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

そして、右認定事実によれば、被告岡田哲夫の煙草の吸いがらの不始末と本件火災との間に因果関係があると言わねばならない。

三  ところで、明治三二年法律第四〇号「失火ノ責任ニ関スル法律」(以下失火責任法という)但書の規定する「重大ナル過失」とは、通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見すごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態を指すものと解すべきである(最高裁判所昭和三二年七月九日第三小法廷判決、民集一一巻七号一二〇三頁参照)。

≪証拠省略≫によれば、本件火災の当日午前四時三〇分に、東京地方に強風波浪異常乾燥注意報が発令され、午後一時から同二時ごろは快晴、秒速一〇メートル強の北北西ないしは北の風が吹き(本件火災の当時、晴天で北の風が吹いていたことは当事者間に争いがない。)、湿度は二〇度前後であったことが認められ、右認定を妨げる証拠はない。したがって、普通人としては火気に通常の場合よりも注意すべき義務があると言うべきである。

しかし、≪証拠省略≫によれば、本件火災発生前、本件新築工事の現場は清掃され引火しやすいかんなくず木片などのごみはなく、また、本件物置の北側壁とその北方の万年塀との間には、前記認定のとおりシートを掛けられた本件炭俵の東側に銅こ、瀬戸物を入れた石油かんをへだててコールタール入りの石油かん、五月人形などがあったが、その他には格別燃えやすいものはなかったこと、被告岡田哲夫が火のついた吸いがらを投げ捨てたと思われる場所から本件炭俵までの直線距離は約五メートルあること、本件炭俵は、かやで編まれた一五キロ入りの木炭一俵が横に寝かされた上に縦に本件物置北側壁にもたせかけられたやはりかやの一五キロ入りの炭俵でその内容の三分の二程度が取り出されたため俵の上部の形がやや崩れており、その上に一〇年位使った長さ五・六尺巾四尺位の木綿製と思われる雨除けシートが三分の一位に折ってかけてあったこと、本件物置の北側の壁から約〇・五五メートル離れた位置に東西にのびた高さ二・五五メートルの万年塀が設けられていること、以上の諸事実が認められ、右各認定を妨げる証拠はない。そして、本件審理に表われたすべての証拠によっても、被告岡田哲夫が吸いがらをことさら本件炭俵の上に落とすよう意図して投げたとか、吸いがらが本件炭俵の上に落ちたことを知っていたこと、或いは本件炭俵の上にかけられたシートが特に発火しやすいものであり、かつそのことを同被告が知っていた事実を認めるに足る証拠はない。

以上の認定事実に前記二に認定の事実を総合すれば、被告岡田哲夫が、風に吹き飛ばされやすい吸いがらを、前記のとおりの強風の中で、約五メートル離れた屋根の上から、しかもその附近で燃えやすい唯一の物である本件炭俵およびその上の雨除けシート上に落下させたこと、更に、右吸いがらが右シート上から地面に落ちずにしかも右シートが燃え出すまで火が消えないでいたことをたやすく予見できたとは到底言うことはできない。したがって、同被告において、前記のとおりほとんど故意に近い著しい注意欠如があったと言うことができず、失火責任法但書の「重大ナル過失」があったと言えないから、同被告に対する本訴請求、したがって同被告の重大過失を前提とする被告日東製瓦株式会社に対する本訴請求は、いずれもその余の点について判断するまでもなく、失当である。

四  原告は、本件物置の設置保存に瑕疵があると主張する。そして、本件物置が被告新井正方の敷地の北東角にあったことは当事者間に争いがなく、本件物置の北側の壁から約〇・五五メートル離れて東西にのびた高さ二・五五メートルの万年塀があり、したがって、本件物置が出火した火焔は右塀に沿って東にのび本件焼失建物に延焼したことは前記認定のとおりであり、また、≪証拠省略≫によれば、前記被告新井正方の敷地の周辺は住宅街であること、本件物置と本件焼失建物との間隔は約一・六メートルしかなく、その間には高さ約一・五メートルの生垣があるだけで何らの防火施設もないこと、しかも、本件物置は、被告新井正の仮住居からは本件新築工事中の建物をはさみ敷地の中で最も遠い位置にあり、出火しても家人に発見され難い状況にあったことが認められ、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

しかしながら、本件物置が以上認定のとおりの環境にあるものとして見た場合、普通一般のものと比べ特に火災となりやすい粗悪なものであった事実を認めるに足る証拠は本件審理に表われないから、本件物置の設置に瑕疵があるとは言うことはできない。また、前記のとおり本件物置に接してシートをかけた本件炭俵が置かれていた事実はあるが、これは本件物置の通常の使用方法の範囲に属するものと解され、また≪証拠省略≫によれば、本件物置中の石油かん内の石油は燃えないで残っていたことが認められ、反証はないから、本件物置の保存に瑕疵があると言うこともできない。したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の民法第七一七条に基づく請求は失当である。

五  原告は、被告新井正に失火責任法但書の「重大ナル過失」があると主張する。

しかし、前記のとおりの当事者間に争いがない事実および前記の各認定事実からすれば、同被告が原告主張のような行為をすることは、むしろ細心の注意をもって始めてなしうるものと言うべきであり、右のような行為をしなかったからと言って、前記三の冒頭で述べたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態があったと言えないことは多言を要しないところである。したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の同被告に対する民法第七〇九条失火責任法但書に基づく請求も失当である。

六  よって、原告の本訴請求はいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 野田殷稔)

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